祭、炎上、沈黙、そして… POST3.11

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2016年 03月 11日

光明の種 企画者のカタログテキスト

カタログに掲載した趣旨文です。


 見慣れた光景が昨日までと違って見えるということがある。3.11以降、平穏な日々も明日死ぬかもしれないという危うい影を帯び、また放射能によって毎日飲む水も、路傍の花にも病の影を感じ、自分たちの子孫の未来が脅かされるかもしれないという自責の影も背負った。

 戦後の日本は矛盾や陰りを感じながらも明日の希望の光を感じられる時代であった。3.11はそこに久しく忘れていた暗い影を落とし、計画停電による現実の闇を生み、放射能が連帯を引き裂いてそこにも闇を見せ、繁栄の陰で増殖していた醜い日本の姿を知り、絶望の闇も見せた。

 そのことに直面した美術家は当惑した。日本の繁栄に下支えされて自己の世界に没頭してきた美術家は、己の無力さと向き合わざるを得なかったからである。美術は何ができるのか?美術家は何をすべきなのか?

 全ての作家が自問したその答えを私は過去の名作の中に見いだした。数十年、数百年前の名作の中には、その時代を生きた作家の息遣いや情熱にとどまらず、時代の声や空気までも高密度にパッケージされている。丸木夫妻の作品にも息づいているこのパッケージによって、時間の壁を越えること、そこに美術の役目の一つがある。私はそれを「結晶化」と名付けた。

 震災に関連した多くの展覧会の中で、震災の結晶化に取り組む作家に運命的に出会い、それは東京都美術館で開催された展覧会「祭、炎上、沈黙、そして… POST3.11」へと結実した。


 それでも絶望の闇は続いている。露になった日本の姿は、私たち戦後世代が信じていた近代国家、先進国家日本とは随分異なる歪んだ醜いものである。そして「結晶化」によって時空を超えて働きかける美術の力も、今ここで進行している事態に対して何ができるであろうか?続編に位置づけられるこの展覧会の問いもまた難問である。

 展覧会が始まってからも、その答えは曖昧模糊としたものであったが、丸木美術館に通う中で見えて来たものがあった。最初見た時には目をそむけたくなるような悲惨な印象だった原爆の図が、何度も見るうちに透明感溢れる浄土のごとき清らかな光と空気をたたえているように見えて来たのである。

 惨劇に肉迫していきながら、結果、そこから遠くは慣れていくような相反する両立。慈愛、鎮魂、浄化などの言葉でその一端が表されるであろう惨劇の事実の外側にあるものが、実は芸術/美術の真価なのではないだろうか。死者との繋がり、他者との繋がり、歴史との繋がり、自然との繋がりを意識化させ、その抽象性に形を与える事、意識/無意識に働きかける事、それが真価なのであろう。その意味で原爆という未曾有の惨劇に対峙した丸木夫妻の偉業は、私たちの道標となるものであり、運命的な導きであった。


 光明はどこにあるのか。それぞれの作家のアプローチでは抽象的なものもあれば体験的なもの、物語的なものもあり、必ずしも具体的な希望を描いているわけでもない。

 私たちは3.11によって目覚めた。遅すぎた目覚めではあるが取り戻すことはできる。この目覚めこそが光明の始源なのである。

 この光明によって産み落とされる作品は、人間の精神性を傷つける惨劇=毒を浄化する解毒剤、「きよめ」のようなものではなかろうか?結晶化はその効能を高め持続させる精製法なのである。仮にそうであるとして、それは優れた作品にのみ担保されるものであり、さて私たちの作品は、そこにどれだけ近づく事ができたであろうか、厳しく問われてもいるのである。





# by post311 | 2016-03-11 20:14 | concept
2016年 02月 13日

光明の種 POST3.11 企画主旨

 3.11において絶望の闇を体験し、その余波は今も続いています。3.11を境に世界が変わってしまいました。それは戦後日本の終焉で先の大戦と同じような時代の節目なのです。

 美術家は、同時代の空気の渦中にいて見えざるものをまさぐり、その混沌の先に見えるものに形を与える役目を負っています。3.11に直面して自問した「何をなすべきか」を問いつめ、私たちは高密度に形を与える「結晶化」を見いだしました。それは昨年の東京都美術館で開催された「祭、炎上、沈黙、そして…POST3.11」に結実しました。そのあとに見えてきたものはなにか?

 日常風景が3.11以後変わって見えるように、 あたりまえに感じていた資本主義や民主主義などの戦後日本を疑い、その自明性に抵抗する広く静かな、しかし確かな動きがあります。美術作家も同様な意識で察知し行動し始めています。この展示は五人が3.11以前に察知した予兆とこの先の希望の光源「光明の種」を見いだそうとするものです。

展覧会解説はこちら

# by post311 | 2016-02-13 22:05 | concept
2016年 02月 13日

光明の種 POST3.11 展示のお知らせ

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好評だった都美館での展示に続き、その続編となる「光明の種 Post3.11」が原爆の図丸木美術館にて開催されます。

各作家とも新作を交えて展示、5年目に私たちが何を見いだしつつあるのかを展示する他、3.11以前の作品もあわせて展示し、私たちやとりまく空気が3.11によってどのように変わったかに触れていただく構成となっています。
丸木夫妻の名作や福島の牧場での体験をもとにした作品制作をする若手山内若菜さんの展示も同時開催です。
館内見応えのある内容となってますので、遠方ですが是非お越し下さい。

(展示の主旨などは下記を参照下さい)

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覧会名 「光明の種 POST3.11」原爆の図 丸木美術館

出品作家  安藤栄作 石塚雅子 白濱雅也 半谷学 横湯久美    企画=白濱雅也

日  時  2016年3月5日(土)~4月9日(日)

・オープニング・レセプション 3月 5日(土)午後2時~*参加自由 当日入場券必要
・ギャラリートーク      3月12日(土)午後2時~*参加自由 当日入場券必要

原爆の図・丸木美術館
開館時間:9:00~17:00 休館日:月曜日(祝日の場合は翌平日)
入館料:一般 大人 ¥900 中高生または18歳未満 ¥600 小学生 ¥400
(*割引料金あります。美術館ウェブサイトをご参照下さい)
住所:〒355-0076 埼玉県東松山市下唐子1401
TEL:0493 22 3266 FAX:0493 24 8371

丸木美術館HP
http://www.aya.or.jp/~marukimsn/kikaku/2016/2016post311.html

アクセスはこちらを参照下さい
http://www.aya.or.jp/~marukimsn/top/riyo.htm#access

# by post311 | 2016-02-13 21:55 | information
2015年 01月 22日

企画趣旨に至る8の断面 

東京美術館での展示の際に会場で配ったリーフレットのテキストです。
長いですが、この企画に至った経緯がわかるテキストです。


外縁
避難道路 ー中学生の頃によく遊んでいた山腹にあるその不思議な名前の道路からのよく見慣れた釜石の街並み。その町がまるでパニック映画のように海に飲み込まれて行く様子は生涯でも「忘れられない」光景となった。
幸い私の家族はだいぶ前に首都圏に越していた。しばらく音信が途絶え心配した叔母一家も家と店を失いながらも無事で安堵した。しかし大槌町に嫁いだいとこの行方はわからず、遺体が上がることなく今に至っている。物心ついてからは疎遠になったが、幼い頃はよく一緒に遊び姉のような人であった。
遠く離れた故郷と疎遠になった親戚の被災という当事者としても傍観者としても外縁に位置することは、今に至るまで私を揺さぶり続けている。

光と闇
計画停電による灯火のない夜の町。これまで見たことのない街の姿であった。そしてそこをぞろぞろと人々が行きかう。これもまた異様な光景であった。都会暮らしの人間にはほとんど始めての体験でありそれは現実の現れた闇であった。
いつ放射能が襲ってくるかもしれないという恐怖、危機的な状況を前に後手後手の対処を繰り返す政府への失望、静かに進行していた原子力の破綻、その莫大な利権よって結束するムラの大きさ、高度成長からバブル景気へと繁栄を謳歌する陰で肥大した途方もない闇が露わになった。この闇は心理的な絶望の闇である。
一方で被災後の避難した人々の礼節忘れず助け合う姿、それぞれの能力を連携しての救助や支援活動、被災者を悼む多くの人々の厚情は、私のようなへそ曲がりでも日本も捨てたものではないと誇らしい気持ちとなった。そして被災後のまもなくして連帯を礎とする様々な活動の萌芽もあった。これらは闇の中に見た一筋の光明であった。この頃、私たちは確かに高揚し「祭」に共鳴していた。

その後、支援や復興のあり方、エネルギー問題、瓦礫処理問題などでは絆と連帯を誓い合ったはずの日本人同志が激しく対立し、「炎上」し、断絶した。情報操作や錯誤、偽善と私利私欲にまみれた混乱の末、誰もが口をつぐみ、目を背け、なにもなかったかのように「沈黙」するようになったと感じる。これもまたもう一つの静かな闇であった。

この闇を越えて私たちが変わっていくにはどうしたらいいのかと考えると、このような日本社会になった根幹は何かを探らざるを得ない。そうして遡っていくとどこまでも「ムラ社会」があり「和」に行き着く。(そしてその影として戦争がある)
こうした光と闇は日本社会が長い歴史の上で生み出した同根異花でありコインの表裏のようなものである。
3.11以前とその後でなにが変わったのかといえば、戦後の日本が近代国家として生まれ変わっていると信じていたことが幻想であったと露見したことである。光と闇は何も変わることがなかった。ただ繁栄の灯りで少々霞んでいただけだったのだ。戦後教育を受けてきた私には少なからず衝撃的な事実であった。

社会的使命
震災後、誰もが自分は何をすべきであるかを問うたであろう。そうしたやり取りがネット上を行きかっているとき、あるギャラリストが「問うべきは美術家として何をするかの前に人として何をするかだろう」とツイートしていて印象的であった。これは当時の美術家の志向を物語っている。
美術家として何ができるかを問い、何かをしたいと欲望していた。美術は何も役に立たない事実の反動でもある。例えば医療関係者にはこのような問いや欲望は自明すぎてありえない。
震災という大きな事件によって見えてしまった美術家の社会性という空洞を埋めずにはいられない衝動に駆られたのである。この衝動はエゴイズムであり自己満足や偽善に陥りやすい。その落とし穴に嵌ることなく美術は何ができるのか。

自己満足
美術は3.11を前にして何をすべきなのかを問い続け、震災をテーマにした展示やアートによる支援活動の報告などをできるかぎり見て歩いた。
子供達の心のケアであったり、コミュニティの活性化の一助であったり、有意義な支援活動ももちろんあったが、多くは自己満足に感じられた。むしろ何もできないことを払拭する免罪符としてアートの看板が掲げられてあるような、あえて美術/アートである必要もなく、展示作品も報告も単なる記録や売名的偽善に見えた。
私はクリエイティビティを追求して作品を制作するという最も本来的な使命はこうした事態には全く無力である、という認識を改めて出発点とするに至った。その上で、大きな出来事、例えば先の戦争について美術家は何をして、残したのかにも興味を抱いた。

記録
ドイツの画家、オットーディックスは第一次世界大戦時に、その現場を「見る」ために志願兵として前線に赴いた。その後、過激で辛辣な作品を残し、単なる「悲惨」だけではない暗闇を描き出した。エルンストは溶解した文明の情景を描き、ヴォルスやフォートリエは荒廃した人心を描き出した。
日本でも中村宏の代表作の一つ「砂川事件」という絵画作品があり、私は砂川事件というのをこの作品によって知り、戦後日本のあり方を問う重要な事件であると知った。ルポタージュ絵画を標榜していたこの作家の事件との関わり方は直截的すぎるかもしれないが、ニュースやメディアの記録で知るものとはまた異なる迫真性がある。
山下菊二「あけぼの村物語」鶴田政雄の「重い手」、麻生三郎や阿部展也、香月泰男「シベリアシリーズ」、河原温「浴室シリーズ」などは日本の病理や終戦直後からの一時代の感覚や空気を感じることができる。美術は記録としての価値は量も速度もジャーナリズムに及ばない。こうした作品の価値は抽象的な感覚に焦点が合うように形を与えることができることにあり、生身の感覚を通じた迫真性にある。それはジャーナリズムや評論が果たす記録の役割を超えるものであり、超えて行くことに価値がある。

時間
ブルトンはモローの小さな水彩に魅せられ足しげく見に通ったという。象徴派からシュルレアリスムへの美術史的流れの直接的な接点はここだけだろう。この小さな作品を通じてモローの生涯がブルトンに憑依したに違いない。
美術作品は瞬間に強い。一目でその価値判断を与えられ、優品であれば瞬時にして目を奪うことができる。またそれは、数百年に渡って持続することもありうる。美術は瞬間と永遠に強い。この特質を活かせばタイムマシンのように時間を超えて人に憑依することができる。

結晶化
国立博物館の宝物館に法隆寺に献納されている菩薩像が数多く展示されている。千年以上も昔の工人の手業、息遣いが生々しく感じられるだけでなく、仏教にかける祈りの思い、その背後にある当時の国家や民衆の空気までもが感じられてくる。それがたった20cmほどの小さな像によってであることは全く奇跡のように思える。そこには工人の人格だけではなくその背後にあるものもあわせて凝縮されている。これは芸術における奇跡的な作用なのだ。
モローの描いた小さな紙切れがブルトンを動かし、やがては世界中に伝播し、隣の女子高生が「シュールすぎ~!」とはしゃぐ。これも奇跡でもあるが、簡単に起こることではない。それは小さな紙切れに多くのものが「凝縮」されていたからである。
私たちが普段目にする記号、広告、デザイン、ジャーナリズム映像などの視覚情報は単一機能を求めた単相的、一方的な内容である。芸術的な内容というのはそれに比べて複合的で多義な内容である。同じ物理的な大きさであっても内容の比重が異なるのである。そして時代を超える名作ほどこの比重が高い。比重が高まると結晶化する。この結晶化したものが時代を超えて伝達し得る力を持つのだ。

出会い
こうした視点を持ちながら出会ったのが今回展示している作家達である。
安藤栄作は極限の状況を体験する中で、普遍的な希望を見出し抽象化した形態と生の脈動で削り出した。
石塚雅子は光と闇を敏感にキャッチし、現在と伝統の蓄積との横断によって絵画の可能性という困難な壁を切り拓いた。
横湯久美は身近な人間の死の受容を、もがきつつ客観視するという背反的な態度で探る。
半谷学は被災地と環境の再生の両面をポジティブな態度で実践する。
そして私は死者の無念と鎮魂を祈る人の姿によって宗教に近い美術への回帰と挑戦を見出した。


批評性
現代アートを見慣れた方からすると、五人のアプローチは3.11をテーマとして直接的に切り込んでおらず物足りなく感じるかもしれない。
現代アートを成立させる強いファクターに「批評性」がある。この批評性が肥大化し、社会批評的な作品が巷では主流で横行している。3.11のような社会的な影響の大きい事象を社会批評的な視点のみで捉えることは、視野狭窄を生み、むしろ芸術のもつ奇跡的な力を阻むのではないだろうか。私は今はむしろそれをも超えようとする姿勢と実践が求められると思う。

超越と抵抗
私は3.11を成長期に体験し「真実を見た」世代に期待する。まずは彼らにこれらの作品に込められたものを伝えたい。そのために超越する欲望を持続すること、彼らが行動できるよう負の遺産をできるだけ減らし、陥りがちな怠惰、忘却、雷同に抵抗し続けること、その両極を実践し続けることが3.11と向かいあった美術家に課せられている。

白濱雅也


# by post311 | 2015-01-22 09:27 | concept
2015年 01月 15日

展示風景

*写真撮影(すべて):佐々木敏晴
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# by post311 | 2015-01-15 10:43 | exhibiton view